OB INTERVIEW
OBインタビュー
2011年(平成23年)卒業
国立病院機構東京医療センター
脳神経外科 医員
岩間 隆史
1992年生まれ。2005年攻玉社中学校に入学。2011年慶應大学医学部入学。2017年同大学を卒業。研修医として経験を積み、2019年に脳神経外科医となり現在に至る。
医療の現場でも生き続ける
攻玉社の仲間と育んだ
『教え合う』学びの習慣
攻玉社での学校生活は
どんな印象でしたか
兄の通っていた学校は校則がとても厳しいと話に聞いていたので、攻玉社に通い始めてとても自由だなと感じました。生徒一人ひとりの個性を尊重し、どんなタイプの生徒でも受け止めてサポートしてくれる、そんな包容力を感じる自由さがあり、学校全体がその姿勢を大切にしている印象を持ちました。
また当時は、温水プール、体育館、卒業間近に完備された自習室など、充実した設備が整っていてすごく恵まれていると思いました。一方で、校庭はとにかく狭いのですが、そのおかげで体育祭の時に駒沢競技場を使用できたのがとても楽しくいい経験になりました。
現在勤務している国立病院機構東京医療センターが駒沢公園の真横なので、体育祭で何かあって当病院に攻玉社の生徒が来ることがあれば、しっかりケアをしてあげなくてはと毎年思っています。
進路選択や大学受験については
いかがでしたか
実は中学受験では、攻玉社が第一志望校ではありませんでした。ですが、母親から「鶏口(けいこう)となるも牛後(ぎゅうご)となるなかれ」との言葉をかけてもらい、攻玉社でトップを目指して頑張ろうと決心して入学しました。
中学1年生から勉強を頑張って、中学2年生で選抜クラス(※現在は選抜クラスは中学3年時から)に入ることができました。そのうえで将来のことを考えた時に、父が医者だったということもあって自然と医療分野に興味が湧き、医学部を目指すようになりました。
大学受験に関しては、早い段階から受験をサポートしてもらえて非常にうれしかったです。
例えば、高校3年では、時間制限を設けたテスト形式で過去問題を解き、本番の試験同様の緊張感を感じながら練習できる取り組みをしてくれる先生もいました。普段の授業も問題集や参考書をベースに進めてくれる先生もいて、予習復習がしやすく助かりました。担任の先生には、模試の結果を見せてアドバイスをいただいたり、志望校の選択を相談して叱咤激励していただいたりもしました。選抜クラスが設けられていることで、「毎年選抜に残るぞ」という目標になりましたし、持ち上がりで同じ先生が見守り続けてくれることも、個人的にはとても心強く感じました。
大学や社会人生活で
攻玉社での学びを活かせたことはありますか
特に印象に残っているのは“友人と教え合う”という学びの習慣です。長期休みで夏期講習などがない時でも、普段の学校生活と同じように友達が教室に集まり、朝から一緒に勉強していました。一人では気持ちが緩みがちな時期でも、規則正しく集まって取り組めてよかったですし、わからないところは互いに説明し合うことで頭の整理が進み、理解が深まっていくのを実感していました。
当時は意識していませんでしたが、その“教えて理解する”学び方は、後に医師国家試験の勉強でも大きな力になりました。医師の世界では “see one, do one, teach one” という言葉があり、手技を見て、実践し、そして誰かに教えることでようやく本当に習得できるとされています。まさにあの頃の学び方と同じ流れです。今の仕事でも、外来では患者さんに丁寧に説明し理解してもらうことが欠かせませんし、手術では先輩から受け継いだ細かなコツを後輩へ教えることで、技術が自分の中により深く定着していきます。中高時代に自然に身についた“教え合う文化”は、気づけば今の自分の学び方や仕事の姿勢の礎になっていると感じています。
最後に、在校生や受験生へメッセージを
中学受験では第一志望校には進みませんでしたが、結果的に攻玉社で6年間を過ごせたことに、今はまったく後悔はありません。むしろ、この学校で学べたことは大きな財産になりました。
攻玉社は歴史ある学校ですが、決して厳しく締め付けるような校風ではありません。生徒の個性を受け入れ、のびやかに成長を支えてくれる自由さがあります。中学高校の6年間は、人格形成においてとても大事な時期です。その時期をあたたかい寛容さの中でしっかりとサポートしてくれる学校だと思います。私自身、攻玉社で学ぶことができて本当に良かったと感じていますし、自分の息子が成長したら、ぜひ攻玉社を勧めたいなと思っています。
社会で活躍する先輩が語る
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