OB INTERVIEW
OBインタビュー
2010年(平成22年)卒業
棋士
杉本 和陽
1991(平成3)年9月1日生まれ。東京都大田区出身。故・米長邦雄永世棋聖門下。全国小学生倉敷王将戦優勝、小学生将棋名人戦優勝を経て、2003年に6級で奨励会入会。2017年4月四段昇段でプロ棋士となる。21年五段。25年六段、第96期棋聖戦でタイトル挑戦。
個性を尊重する空気と
仲間や教師陣の愛情が支えた
学業と棋士への道
攻玉社入学を希望した動機は
小学6年生の時に奨励会という、日本将棋連盟が運営するプロ棋士の養成機関に入り、本格的に将棋の道に進むという志を持ちました。将棋に集中できる環境を整えたいという思いに加え、家庭の方針もあって、高校受験のない中高一貫校を選ぶことになりました。さらに、自宅からのアクセスの良さや、学園祭で感じた自由でのびのびとした校内の雰囲気にも惹かれたので受験しました。
攻玉社での学校生活は
どんな印象でしたか
『耐久歩行大会』という名物行事が印象に残っています。かつては多摩川沿いを長時間かけて歩き続けるという決して楽ではない行事で、当時は「何のためにやるのだろう?」と思いながら参加していました。ですが、大人になって振り返ると、この時のひたすら自分を追い込むという経験が、逆境でも諦めない精神力を養ってくれたのではないかと感じています。
あとは、文化祭での経験も大きな学びになりました。私は部活にも所属しておらず、性格的にも内向的な生徒だったのですが、文化祭では喫茶部門や販売部門に有志として参加できる機会があり、思い切って応募してみんなでたこ焼きを作ったりしました。その時に、みんなで協力して一つの事を成し遂げる達成感や喜びを感じることができ、こうしたイベントは積極的に参加した方が楽しめるものだと勉強になりました。
進路選択や大学受験については
いかがでしたか
プロ棋士になるまでの過程では、プロの公式戦に立ち会い、棋譜を記録することが重要な研鑽のひとつです。公式戦は平日に行われ、長い時には1日がかりになることもあります。また、奨励会の月二回の対局の他に、普段は学校が終わると将棋道場に通って仲間同士で対局をしてから帰宅するという日々でしたので、授業に出られないことも多く、帰宅後も勉強時間の確保が難しかったので、入学当初は授業についていくのが大変だなと感じていました。ですが、丁寧な授業の先生が多く、授業後に分からない所を質問に行っても、快く答えてくれる先生ばかりで本当にありがたかったです。
私の場合は将棋の道を進むために大学受験はしないと決めていました。受験をしない生徒は全校でも少数だったと思うのですが、そうした生徒に対しても個性を尊重して応援してくれる空気が凄くあったので、モチベーションを維持して勉強を続けることができました。
大学や社会人生活で
攻玉社での学びを活かせたことはありますか
将棋の世界では、試合の結果が白黒はっきり表れるので、孤独感に苛まれることもあります。そういった時に、将棋界以外の友人と話したりすると、すごくリフレッシュできて心地の良い時間になるので、そうした友人が攻玉社時代にできたことは大きいと思います。
あとは、将棋の道一本で行きたいという思いがあり、高校進学を迷ったり、入学後も授業についていくのが大変だったりという時期がありました。ですが、高校に進学し、担任して下さった先生が、常に親身になって相談にのってくださいました。こんな風に恩師と呼べる先生に巡り会えたことは、自分のかけがえのない財産になったと思っています。
最後に、在校生や受験生へメッセージを
やはり中学高校の6年間はすごく大切で、特に将来の目標があるとしたらこの時期は大事になってくると思います。攻玉社時代、周りには「この人は部活もこんなにやって成績も良くて、いつ勉強しているんだろう」と驚かされるような仲間がいました。振り返ると、勉強も将棋も、もっと力を注ぐ余地があったと感じています。その意味で、自分自身に少し厳しく向き合い、全力を尽くしてみる価値のある6年間なのではないかと思います。
社会で活躍する先輩が語る
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